カルトは危険、宗教は時代遅れ

ロシアで、カルト集団のメンバー少なくとも30人が、地球滅亡の日を待つためとして人里離れた洞穴にバリケードを張って身を隠し、警察が介入すれば自殺すると主張している。当局者やメディアが15日伝えた。
地元検察当局者は、ロイターの電話取材に対し「(彼らは)入り口をふさいで出てくるのを拒み、ガスタンクを爆発させて自爆すると脅している」と語った。
現場はロシア中央部ペンザ州にある雪に覆われた丘陵斜面。メンバーには大人29人と子供4人が含まれ、同州の警察スポークスマンによると、今月7日から洞穴に入っているという。

ロシアのカルト集団、地球滅亡の日を待つとして洞穴に潜伏

 何年かに一回は必ずこういうカルト集団が出てきて世界中を呆れさせているよね。時には本当に自爆したり集団自殺したり、警官隊と銃撃戦をやるから困ったものなんだけど。
 昔は確かに宗教によって文化や社会規範を作り出されていたんだろうけど、今はそんな時代じゃない。教育と情報網の整備によって人々はそれほど盲目的ではなくなった。自分で判断する分別を持っている人の割合が増えつつある。そんな中にあって、宗教の役割は、すでに個々人に自己満足と安心を提供し、あとはささやかな倫理・道徳感を与えるくらいのものになっている。
 確かに数十年前までは日本も世界に誇るカルト国家だったし、今でも世界中の多くの国は宗教で動いている。しかし、そんなパラダイムがいつまでも持つはずはない。すでに「文明の衝突」などと言われる全世界規模での齟齬が起きている。その点に関しては現代的な考え方で対話と相互理解を行っていかなければならないだろう。
 狂信ともいえる信仰心によってヒステリックに社会が動かされるのではなく、社会の規範は知性と理性であり、宗教は、その中でより穏やかに生きていけるような価値観をちょっと追加する。今の時代における宗教のあり方は、この程度の役割でとどめておくべきものではないだろうか。すでに宗教のほうが社会に譲歩しなければスムーズに動かなくなるほど、社会は進歩したし、宗教というもの自体がそれだけ時代遅れの考え方になってしまったのだ。
 確かに、宗教は文化や道徳の土台を作った。しかし、今からそれを発展させる規範を宗教に求めてはならないと思う。これまでのやり方を続ければ、必ず同じ失敗を繰り返すだろう。
 だから、私は宗教の存在を否定しないし、理解はするが、信仰はしない。そして「信者や社会をサポートする宗教」ではなく、「宗教が信者に考え方を強制し、社会を固定する」という旧時代的な習慣を強要するカルト宗教を敵視するのである。それが実際には金儲けのために作られているような現代的な危険なカルト宗教なら、なおさらである。
 だから、集金とか洗脳、テロリズムの根拠になるような信仰は、すでに時代遅れであるどころか、反社会的であり、さらに言を進めれば危険な存在であると決めつけてしまっても良いかもしれない。と私は思うのだ。