年末に考える

 主要紙のコラムを拾ってみる。

 影法師のことをシルエットと呼ぶのは、18世紀フランスの財務大臣の名にちなんでいるらしい。財政難のとき、彼は厳しい倹約策を進めた。豪華な肖像画をやめて質素に白黒で描くよう唱えたため、後世に名を残した。そんな説が伝わっている▼この歳末はシルエットばりの倹約が目立つようだ。札幌の印刷業の人が本紙声欄に、白黒の年賀状注文が増えていると寄稿していた。100枚で900円安くなるというから、切実な生活防衛だ。明ければ届く挨拶(あいさつ)にも不況の影は伸びている▼こよい紅白歌合戦で、森進一さんは封印されていた「おふくろさん」を歌うそうだ。♪雨の降る日は傘になり お前もいつかは世の中の 傘になれよと…。なじみの歌詞に、土砂降り景気に傘なき人が重なり合う▼「天気の良い時に傘を貸し、雨が降れば返せと迫る」と、銀行を皮肉って言う。しかし銀行ばかりではない。名だたる企業も算盤(そろばん)ずくで人を雇い、景気次第で使い捨てる。働く者の尊厳も守れぬ荒涼が、寒空の下で大手を振る▼黙々と汗する者の姿に、「年寄りを養ったり、女房子供をいとおしんでいたり、みんながそれぞれの生活を持っているのだと思うと、見ているだけで涙が出てくる」と心を寄せたのは作家の吉川英治だった。自らも貧困の中で辛酸をなめた人だ▼経営者や政治家に吉川の思いありや。米国型錬金術の崩壊は、冷や水の一方で、迷い込んだ道から引き返す道しるべでもあろう。「朝の来ない夜はない」。作家が座右に置いた言葉を信じつつ、新たな暦をめくる。

 ノーベル賞や五輪メダルの感動あり、大地震金融危機の衝撃あり。振幅の大きい08年だった。心細く年を越す人々に幸あれと願いつつ、いろはカルタで振り返る。

 【い】イージス見張り怠る暴走沖【ろ】論より解雇に何も家ねえ【は】はにかんで遼くん1億円【に】日銀総裁の顔も三度【ほ】放棄高齢者医療制度【へ】「変」の年は今日限り【と】倒死銀行利満兄弟社【ち】中毒製ギョーザ【り】理不尽極まる誰でもよかった【ぬ】ぬれ手で汚染米【る】ルーズの権化社会保険庁【を】温暖化止まらず洞爺湖の霧深く【わ】悪知恵尽きぬ振り込め犯【か】崖(がけ)の縁のタロ【よ】世も末学府に大麻草【た】タイ変です空港占拠【れ】歴史を変えるクラスター禁止条約【そ】ソフトパワーで金【つ】使い回して料亭消える【ね】燃料下がってエコ忘れ【な】ならぬ入院足りぬ産科医【ら】ラサの僧乱聖火は走乱【む】無理が通れば給付金【う】ウナギの出どこ【ゐ】居酒屋帰タク【の】ノーモア空論幕長【お】大痛県教委【く】クツくらえとイラク記者【や】病み?将軍さまは視察好き【ま】待てど解散の日和なし【け】源氏の光は千年不滅【ふ】不慎銀行東京【こ】小麦もコーンも穀な値上げ【え】エド救った篤姫グ〜!【て】天国バカボン【あ】あなたと違う人も辞め【さ】採用無い定【き】窮油の策の再可決【ゆ】夢のノーベル未曽有の4人衆【め】目の上のプーチン【み】みちのく鳴動パンダ四川震撼(しんかん)【し】しバラクオバマ時代【ゑ】画(え)に描いた北京の花火【ひ】火の車産業【も】もういくつ寝ると裁判員【せ】税の上げにも3年【す】スピードは水着次第【京】京の夢紡ぐケータイ小説

 除夜の鐘はなぜ108突くのか。近所の住職に聞いたところ、諸説あるものの実ははっきりとした定説はないという。はっきりしているのは、日ごろ眠っている日本人の信心深さを鐘の音が呼び覚ましてくれることだ。
 ▼「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」との平家物語の一節は、大不況に突入した今だからこそ心に染みる。株価が1年間に4割以上も暴落し、我が世の春を謳歌(おうか)していたトヨタまでもが赤字に転落。名古屋の街に失業者があふれるとは、誰が予想できただろう。
 ▼政治家は政争と選挙の準備に明け暮れた。世間を震撼させた毒餃子(ギヨーザ)事件も解決せぬまま年を越す。しかし、悪いことばかりではない。消費者が食品の安全性に目覚め、国産の良さを見直した1年でもあった。
 ▼食品だけではない。神前に欠かせない榊(さかき)も国産で、という運動が、熊野本宮大社おひざ元の和歌山県田辺市で始まった。これには恥ずかしながら小欄も関(かか)わりがある。
 ▼昨年、安倍首相が靖国神社に榊を奉納したニュースにひっかけ、榊のほとんどは中国産だ、と書いた。すっかり忘れていたところ、読者の宮本隆二郎さんから「日本の神様には国産品を」と有志を募ってNPO「熊野ワールド」を発足させた、との便りをいただいた。通信販売のほか、1月下旬からは「熊野の榊」のブランドで、大手スーパー・イオン(大阪、奈良など一部店舗)での販売も決まったという。
 ▼宮本さんは「熊野に眠る数々の素材を世に送り出し、若い後継者も育てたい」と意気込む。不況と高齢化で、地方は疲弊しきっているが、宝の山は足元に眠っている。それを掘り出す知恵は農水省ではなく、民間にある。新しい年には、国産の玉串を捧(ささ)げて初詣でと参りましょうか。

 森鴎外「青年」に、主人公が体の変調に気づく場面があった。〈鈍い頭痛がしていて、目に羞明(しゅうめい)を感じる〉。「羞明」とは「まぶしさ。また、神経衰弱から強い光の刺激をおそれる病気」(日本国語大辞典)をいうらしい◆子供のころは待ち遠しかった正月というものに、羞明を感じるようになったのはいつからだろう。くすんだ色合いの年の瀬にもう少し浸っていたいのにと、時計を見やりつつ過ごすのを大(おお)晦日(みそか)の習わしにしている◆「年惜しむ」という季語がある。昔の人のなかにも、深夜零時に魔法が解けるのを憂えるシンデレラのように、一刻一刻を名残惜しく見送った人がいたのかも知れない◆新しいカレンダーを壁に掛けたお宅もあるだろう。〈初暦知らぬ月日は美しく 吉屋信子〉。皆さんの「知らぬ月日」がどうか、ほどほどにまぶしい、心のなごむ出来事で埋まりますように◆港のそばで育ったので、除夜の鐘よりも、停泊中の船から一斉に鳴り出す除夜の汽笛になじみが深い。海辺を離れたいまも日付が変わる時刻に窓をひらき、聞こえない汽笛に耳をすますのをシンデレラの儀式にしている。

 朝日新聞が最も「今の日本にある危機」とか、「国民感情」をストレートに表現している。毎日新聞は詰め込みすぎてユーモアが滑っているような(^^;; 産経新聞は後半が全く意味不明。読売新聞は何を主張したいのかわからない。
 まあ、今年はいろいろありすぎたよね。暗い話題や虚しくなる話題の方が多かった。「朝の来ない夜はない」と信じて、年を越す事にしよう。