超幻想都市「ペテルブルク」

おそらくこの小説でもっともロシア的なのは、ペテルブルクという比類なく美しい都市の深い幻想性を基本的なモチーフとしている点ではないだろうか。沼地の上にピョートル大帝によって人工的に建設されたこの近代都市には非現実感がつきまとい、ロシア文学ではプーシキンからゴーゴリドストエフスキー、ベールイにいたるまで多くの文学者が「幻想都市ペテルブルク」という主題を発展させてきた。高野史緒はその伝統を電脳空間の想像力によって引き継ぎ、サイバーパンクSFをロシア文学にいわば接合させ、火花を散らした。なんとも楽しく華麗な火花ではないか。

今週の本棚:沼野充義・評 『赤い星』=高野史緒・著

 「ペテルブルクに行きたいかー」
 「おー!」


 ペテルブルクって、人工都市だという点、いつも曇りがちだという点、奇麗な街並みでありながらどこか陰鬱な印象を与える点など、非常に不思議な魅力を持っている。私はモスクワよりもペテルブルクのほうがなじみ深いので、このモチーフは非常に良く理解できる。
 都市の建造にあたっては多くの人命が失われたという負の歴史も持っている。
 そんな背景から、未だに多くの幽霊の噂が絶えないという。
 「ペテルブルグ文学」とも言える都市を題材とした作品が多く作られているのも納得できる。
 本書は、日本で真正面からロシアでの伝統とも言える「ペテルブルグ文学」にSFという想像力で対抗した意欲作であり、その試みは見事に成功していると思える。

赤い星 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)

赤い星 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)